2018年06月21日

6/21放送 まちかど通信I〜足守(あしがみ)神社について「東山東地区」☆

(今日の放送はこちらからお聴きいただけます)

「まちかど通信I」
今回は「東山東地区」をご紹介しています。


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今日は足の神様「足守神社」について
東山東地区公民館 館長吉田文雄(よしだふみお)さん
お話を伺いました。


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足守(あしがみ)神社は、昔、
覚鑁上人(かくばんしょうにん)が、大池(おいけ)を造営した時に
大勢の人夫達が足を痛めて仕事を怠けるものが日増しに増えました。
これを覚鑁上人が大変心配されて、
京都の愛宕山から足の神様を勧請して、
この地に足守大明神としてお祀りしたのが始まりです。


足痛の者が祈念すると霊験あらたかで治らない者はいない、
この足守神社の霊験あらたかなことが
世の中に広まり現代に至っています。


神社のお社につるされた絵馬には、わらで編んだわらじではなく
草履が吊るされています。


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願い事も、足のケガや病気だけでなく、
サッカーで「PKが決められますように」や
陸上競技で「良いタイムが出せますように」
バレエで「コンクールで入賞できますように」など
足に関する願い事がさまざまです。


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ところで、覚鑁上人とはどういった人物なのでしょうか?
吉田さんは、
司馬遼太郎の言葉を引用してお話してくださいました。

「最澄や空海に次ぐ仏教史上の巨人でありながら、
鎌倉仏教の法然、親鸞、日蓮や栄西、道元、あるいは一遍といった
人たちに比べ知名度が低い。
しかし、覚鑁がたてた、仏教を二分する
新義真言宗は、
京都の知積院、大和の長谷寺、関東の川崎大師や成田のお不動といった
名刹をおまいりする何人が、覚鑁が宗祖であることを知っているだろうか。」


このように話していたそうです。
覚鑁は、名前はあまり知られていないけれど仏教界の巨人でありました。

さて、足守神社では、毎年7月第1日曜日におまつりがあります。
地元だけでなく全国各地から大勢の参拝客で、境内がとても賑わいます。

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今年は7月1日(日)

足の病には御夢想灸(ごむそうきゅう)」が有名です。

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弘道阿闍梨が諸国行脚をして和歌山城下で足を痛め歩けなくなり
ある人の勧めで足守神社に祈願したところ痛みが消えました。
その後、弘道の夢に足守大明神が現れて
お灸の仕方を教えてくれたそうです。

午前6時から午後4時まで。
是非ご参拝ください。


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明日は「ゲンキトピックス」です。
お楽しみに。



posted by ゲンキ和歌山市 at 07:25| 和歌山 ☔| まちかど通信(2018) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

6/19放送 まちかど通信I〜「東山東地区」高田所長☆

(今日の放送はこちらからお聴きいただけます)

「まちかど通信I」
今回は「東山東地区」をご紹介。
今日は、東山東地区の概要について
東山東支所高田均(たかだひとし)所長にお話を伺いました。

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東山東地区は和歌山市の中心部から約10kmの東南部に位置し
東は、紀の川市貴志川町や海南市高津に接し、
南は海南市小野田に
北は矢田峠や城ケ峰を境として和佐や小倉地区に臨み、
西は西山東地区に接しています。

地区全体では、山林や竹林、田畑が多く、個性あふれる
景観と豊かな自然環境に恵まれています。


昭和31年の和歌山市への編入当時で約3500人。
直近の国勢調査基準〔5月現在)で約2900人がお住まいです。


豊かな自然環境の中、
農産物は、有名な山東のタケノコを始め、
みかんイチジクなどが豊富に収穫されます。


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地区内には、季節の花が楽しめ、子どもたちものびのびと遊べる
四季の郷公園があり、
春には桜が楽しめる大池遊園があり、
熊野古道は、和佐地区からくる平緒王子や伊太祁曽から大池遊園までの
ハイキングコースがあります。

また、地域のおまつりとして
伊太祁曽神社では、7月末に「茅輪祭(わくぐり)」
「木まつり」は4月に。
足の神様、足守(あしがみ)神社のおまつりは7月第1日曜日に。
山東裸詣りは1月に、
四季の郷公園の「竹燈夜」は8月に開催されます。


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東山東地区は、古代では周辺地域とともに
伊太祁曽神社の領域であり、
中性では、根来寺の荘園でした。

明治維新のころまでは、山東の荘と言われており、
明治22年の町村制実施以後、明治39年に
今の東山東地区の地域が海草郡東山東村となり
その後、昭和31年9月に和歌山市に編入され、現在に至っています。

地域社会の中心には神社が存在し、
その構成員は神社の氏子としての帰属意識を持ち、
先祖代々の付き合いを重んじてきました。

近年ようやく新興住宅が出来てきていますが
地域全体としてはのどかな田園風景が広がる住みよい地域です。



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「東山東支所」はこちらをクリック!


明日は「暮らしのゲンキ」です。
お楽しみに。




posted by ゲンキ和歌山市 at 07:25| 和歌山 ☁| まちかど通信(2018) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

6/14放送 まちかど通信H 「雄湊歴史(郷土)資料館」〜上田館長☆

(今日の放送はこちらからお聴きいただけます)

「まちかど通信H」

今回は「雄湊地区」をご紹介しています。

今日は「雄湊歴史(郷土)資料館」について
雄湊歴史(郷土)資料館 館長
上田幸雄(うえだゆきお)さん
にお話を伺いました。

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雄湊歴史(郷土)資料館は、
今から5年前、当時の雄湊小学校の空き教室を活かして
地域の皆さんから寄せられた、懐かしい昔の生活道具や
歴史資料などを展示する施設として開館しました。

昨年、雄湊小学校が伏虎義務教育学校に統合され閉校するのに伴い、
同じ敷地内のプレハブの建物に移転しました。


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上田さんによると
「雄湊歴史(郷土)資料館」は、
地区の各種団体の諸先輩方が、小学校の存亡に危機感を持ったところから
平成24年に資料館設立への説明会を行なったことから始まりました。


郷土の歴史、文化の変遷の写真資料や、
生活用品、雑貨、農機具など、知的資料を地区の皆さんに募ったところ。
あっという間にたくさんの資料が集まりました。

小学校の空き教室2室を展示室として開放。
皆さんに見ていただく資料館として
平成25年に開館。

訪れた人たちは、皆さん
「懐かしい。」「家にもあった。」
と喜んでくださったそうです。


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「ゲンキ和歌山市」
でも、
当時〔2014年3月)に取材させていただき、
映画のセットのような展示がとても素敵と感じました。


以前の放送はこちらをクリック!


今の資料館も、当時とほぼ変わらないしつらえになっていて
安心しました。

を敷いて箪笥を置いて生活道具を並べています。」


この資料館の大きな特色の一つ。
雄湊小学校・前身の雄(おの)小学校には、
2人の偉大な卒業生がいらっしゃいます。

それは、世界的博物学者南方熊楠
そして、発明王・経営の神様、松下幸之助です。


資料館には、子どもたちに偉大な先輩について、
わかりやすく学んでいただけるような
展示コーナーが設けられています、

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南方熊楠コーナーでは、白浜の熊楠記念館の協力で展示されている
貴重な資料があります。


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松下幸之助コーナーでは、
当時の尋常小学校(4年制)の4年で
大阪に奉公に出た幸之助氏が
お母さんに紀の川駅まで見送ってもらい、
涙の別れをしたといったエピソードを
子どもたちにわかりやすく知ってもらう読み物として展示しています。


訪れるのは、地域の人や子どもたちはもちろんですが、
和歌山市を離れた卒業生や、
松下幸之助氏の資料があるとのことで、
「松下政経塾」の方が毎年訪れているそうです。

その「松下政経塾」の方から、
資料館に立派なテレビが寄贈されました。
このテレビは、資料館の休憩スペースに置かれています。


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また、地域の方から寄せられた
和歌山城天守閣再建当時貴重な映像
寄贈され、ここでご覧いただくことが出来ます。


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上田さんは、
「移転して、まだ十分な広報が出来ていませんが、
月1回、第1土曜日に開放しようと思っています。
午前10時ごろから、誰かが待機して、訪れる方をご案内できるように
していきたいと思います。」

と話しています。


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(雄湊連絡所の前で記念撮影)


明日は「ゲンキトピックス」です。
お楽しみに。



posted by ゲンキ和歌山市 at 07:25| 和歌山 ☀| まちかど通信(2018) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする