2017年11月08日

11/8放送 「シリーズ南方熊楠生誕150周年」〜帰国してからの熊楠☆

(今日の放送はこちらからお聴きいただけます)

水曜日は「暮らしのゲンキ」です。
「シリーズ南方熊楠生誕150周年」
今回は、日本に帰ってきてからの熊楠について
和歌山城整備企画課 学芸員の武内善信さんに
お話をお聞きしました。


南方熊楠生誕150周年記念ロゴマーク.jpg


私費でアメリカとイギリスに留学をしていた熊楠は、
父親の遺産も底をついてしまい日本に帰ることになりました。

帰国する際、熊楠は、
ロンドンの大英博物館自然史部門のマレーから
(現在はロンドンに自然史博物館があります。)
花が咲かない隠花植物、例えば
キノコ、コケ、粘菌、シダ、地衣類、藻などの研究が
東洋ではまだまだ少ないとあって、
帰国したら、隠花植物の研究をしてほしいと依頼されます。

ロンドン時代の熊楠は、
大英博物館に入って、古今東西の書物を研究しては
論文を発表していました。

帰国後は、そういった書物の研究を記したノートを元に
論文を発表していたのですが、
ロンドン時代のような活躍はできなかったため、
アメリカ時代に取り組んだ植物の研究を、日本で再開し、
特に、隠花植物の採集、研究を始めました。

中でも、和歌山公園などでキノコを採取して、
それを「菌類図譜」として
色付きの絵を描き、説明を英文で記しましたが、
その「菌類図譜」は4000枚近くにものぼります。

また、淡水産の藻についても4000枚以上のプレパラートを
集めました。

当時、西洋でしか知られていなかった淡水産の藻を、
熊楠は和歌山市畑屋敷で発見し、英国の科学雑誌「ネイチャー」
発表、東洋にも同様の藻が存在することを知らせました。

ところで、熊楠と言えば、「粘菌」が有名ですが、
「粘菌」の新発見については、この時代よりもあと
田辺に移ってからのことになります。

熊楠は帰国したあと、まずは、弟が守る実家に身を寄せました。
その後、和歌山市水軒口にある「円珠院(えんじゅいん)というお寺で
暮らすことになります。

最近の書物で、
「円珠院で粘菌の新種を発見した」と書かれていましたが
これは、正確な情報ではなく、
円珠院で発見されたのは、光る藻などで、
粘菌の新種は、田辺に移ってから、粘菌学の権威であるリスターに
そのサンプルを送り、のちに認められて
粘菌の「新種発見」となったわけです。

帰国後、和歌山市で過ごした熊楠は、
そのあと那智の山にこもります。
そして、いよいよ田辺に移ることになるのです。

(来月はいよいよ最終回。)

お楽しみに。

明日は「小学校訪問」です。


posted by ゲンキ和歌山市 at 07:25| 和歌山 ☀| 暮らしのゲンキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする