2017年09月27日

9/27放送 南方熊楠生誕150周年シリーズF〜中学卒業後の熊楠☆

(今日の放送はこちらからお聴きいただけます)

水曜日は「暮らしのゲンキ」です。
南方熊楠生誕150周年シリーズ
7回目の今日は「中学卒業後の熊楠」
和歌山城整備企画課学芸員の武内善信さんのお話です。



南方熊楠生誕150周年記念ロゴマーク.jpg


(旧制)和歌山中学校(現在の桐蔭高校)を
卒業してからの熊楠は、
いよいよ和歌山を出て上京します。

東京では、共立学舎(東大に入るための予備校のような学校)
に1年ほど通い、
その後、大学予備門(今の東京大学の教養学部)に入学します。
その時の同級生には、
夏目漱石正岡子規、小説家の山田美妙(びみょう)らがいました。

しかし、熊楠は大学予備門を中退してしまいます。

理由のひとつには、
自分の好きな勉強ばかりしていたということもあり
当時の学校は、進級試験というのがあり、
いくつかの科目で赤点を取ると、進級できなかったのです。

小学校、中学校も全てそうでした。
例えば、和歌山中学も熊楠が入学したときは40人ほどいた生徒が
卒業したのは6人でした。
ただし、中学を正式に卒業していなくても大学に入学することが出来たようです。
試験さえ通れば入れたわけです。

大学を中退した熊楠は、一度和歌山に戻り、両親を説得し
アメリカに留学します。

商業の勉強をするということで両親を説得した熊楠は
アメリカに渡り、サンフランシスコの商業の学校で語学を学びます。

シカゴには有名な商業大学がありますが、そこには入らずに
ミシガン州ランシングにある農科大学に入学。
自身の好きな生物について学びました。

当時のアメリカは、まだ人種差別が根強く残っており
熊楠はそのような差別に反抗し、農科大学も中退してしまいました。

その後、熊楠は
ミシガン大学の近くのアナーバーというところに渡ります。
そのミシガン大学には、当時日本人留学生が何人もいました。

例えば、オノヨーコさんの祖父であったり、
和歌山で一番の大金持ちの佐藤長兵衛氏の養子となった
佐藤虎次郎とかがいたそうです。

熊楠は大学には正式には入らず、そういった留学生に交じりながら
好きな生物の勉強をしていました。
アメリカでの熊楠は、自由奔放に好きな学問を極めて行ったようです。

来月は「イギリス」時代の熊楠についてです。


明日は「小学校訪問」です。
お楽しみに。
posted by ゲンキ和歌山市 at 07:25| 和歌山 ☀| 暮らしのゲンキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする